2018年度学会賞選考委員会報告

審査対象 大道晴香氏(國學院大學兼任講師)著『「イタコ」の誕生――マスメディアと宗教文化』(弘文堂 2017年2月刊)

 

本書は、「イタコ」という民俗宗教の事例を対象とし、マスメディアによる宗教表象の形成と、そこから生み出された新たな宗教文化を明らかにし、マスメディアを介した宗教表象の「受容」の局面に光を当てようとするものである。

著者が指摘するように、1980年代以降、宗教とメディアの関係が宗教研究の主題となりはじめ、教団のメディア利用に代表される「表象する者(表象主体)としての宗教」からマスメディアにみられる宗教の姿をとらえる「表象される者(表象客体)としての宗教」へと研究視野を広げてきた。しかし、宗教表象の発信過程を扱う研究に比して、受容過程の研究については未発達であったといえる。本書では、諸要素が作用し合うテキスト(表象)が生成する過程を「エンコーディング」、受け手の解釈コードにもとづくテキスト読解の過程を「デコーディング」としてとらえ、前者を前提としたうえで、後者の分析に新たな視点を提示している。

本書の評価すべき点は、大きく二つある。ひとつは、多様な研究方法を駆使することで、イタコという研究対象の複合的性格を浮かび上がらせている点である。いまひとつは、宗教とマスメディアの関係についての研究において、表象主体と表象客体との相互作用とともに、従来、資料的制約から困難であった宗教表象の受容側の分析に新たな視点を提供した点である。

前者について、著者は、文献調査、地方自治体の刊行物や新聞記事データベース、フィールドワーク、祭典参加者へのインタビュー調査、学生へのアンケート調査など、多様な定量的・定性的調査を駆使し、論理的に一貫した議論を展開していることは高く評価できる。しかし、データの取り扱いについて問題がないわけではない。たとえば、表象の普及と宗教的リアリティの形成に関して、大学生・短大生を対象として行ったアンケート調査においては、標本の偏り等について方法論上の問題点がみられ、イタコに関する宗教的リアリティの形成に関してのエビデンスとするには、分析結果がどこまで一般化できるのか疑問が生じる。

後者については、著者は、これまでのイタコ研究において別々に扱われる傾向があった、民俗文化におけるイタコと大衆文化のなかのイタコ表象の相互作用を総合的に研究し、イタコ研究に新しい視座を提供したことは高く評価できる。著者は、民俗文化・大衆文化としてのイタコ、オカルトブームのなかのイタコ、観光資源としてのイタコなど、時代や社会環境の変化とマスメディアの情報発信を連動させて、「イタコ」像の形成と変容を丹念に読み解いている。また、マスメディアを介して、「イタコ」の表象が地域的・地理的制約を離れて拡散し、イタコのもとに集まった人々は「イタコ」の宗教的リアリティを個人的文脈のなかで解釈していることも明らかにしている。しかし、それにもかかわらず、そこには漠然とした霊魂観の共有がみられるという。

このような状況について著者は、地縁・血縁に依拠した伝統宗教の希薄化と宗教団体に対する忌避感の増大を背景として、マスメディアは「市場原理の下、いつしか我々の宗教性を担保すると同時に、既存のあるいは既に失われた宗教事象や儀礼の姿を伝承する装置として機能してきた」(379頁)という大胆な仮説を提示している。この仮説に対しては、マスメディアが宗教表象をつくりだすとしても、信仰やコミットメントの対象となる宗教をつくりだせるのか、という疑問も残り、著者による今後の検証が望まれる。

同時に、メディア研究という性質上、本来の意味において「メディア」である当事者としてのイタコ自身の視点が十分にとらえられていない、という課題も残る。さらに、本書は、宗教研究のみならず文化人類学や社会学などの諸分野に対しても重要な問題提起となる研究であり、グローバルな情報発信が求められる現在、最新の欧米の研究成果に対する目配りと比較研究の視座をもつことが求められる。

上記のようないくつかの課題はあるものの、本書は研究成果の蓄積があるイタコ研究の分野に新たなメディア研究の視座を提示したとともに、宗教表象の受容面に関心をもつ研究者にとっては、ひとつの重要なモデルになるといえる。

以上のような観点から、本審査委員会は、本書を2018年度日本宗教学会賞にふさわしい業績であると判断する。

 

上に戻る