2015年度学会賞選考委員会報告

審査対象 塚田穂高氏(國學院大學助教)著『宗教と政治の転轍点――保守合同と政教一致の宗教社会学』(花伝社、2015年3月刊)

 

本書は、戦後日本社会において宗教運動(とりわけ新宗教運動)はどのように、そしてなぜ、政治にかかわったのだろうか、そして政治にかかわらなかった宗教運動とそれらを分かつものは何かという問題に、政治にかかわった宗教・団体を幅広く取り上げ、それぞれについての実証的研究の厚い積み重ねを背景にアプローチした宗教社会学的な研究成果である。

戦後日本の宗教と政治という話題については、これまで特定の政治状況の下で、特定の宗教や団体の政治参加のあり方が、時局的な問題として取り上げられるといった傾向が強かった。これに対し著者は、政治参加のタイプについて既成政党を支援する「政治関与」型と、独自のユートピアを求めて国政選挙に独自の候補者を立てる「政治進出」型を分けたうえで、それぞれについて幅広く事例を取り上げ、検討する。第Ⅰ部では、前者のタイプの事例として「神道政治連盟」、「生長の家政治連合」、「日本会議」といった団体とそれらに参加する教団群が取り上げられ、第Ⅱ部においては、後者のタイプとして創価学会(公明党)、浄霊医術普及会(世界浄霊会)、オウム真理教(真理党)、宗教法人・和豊帯の会(女性党)、幸福の科学(幸福実現党)がそれぞれ取り上げられる。政治参加のスタンスにおいても、また社会的な知名度においても様々な団体・教団が検討対象となっている。本書を通して、戦後の日本宗教の政治参加についてどのような団体がどのような政治参加を行ったのか、ある程度包括的な全体像を把握することができる。

本書のもう一つの特徴は、宗教の政治関与の様々なケースについて、幅広くとり挙げているだけでなく、上記の問題意識のもとに、一定の仮説的な見通しを立て、それに基づく分析枠組みを設定し、それぞれのケースについて一貫した分析が試みられていることである。

具体的にいうと、まず著者のあらかじめ想定した仮説的な見通しは、宗教が政治関与・政治進出する場合には、その背景に明確なナショナリズムが存在するというものである。さらに、安丸良夫氏の「O異端」と「H異端」の区分概念を援用しつつ、戦前の「正統」的宗教ナショナリズムに収斂しうる「O異端」性を持つものが「政治関与」に向かい、それに収斂しない「H異端」性を持つものが「政治進出」に向かうとするものである。そうした想定のもとに、それぞれの宗教について、①文化・伝統観、②天皇観、③対人類観、④経済的優位観、⑤戦前・大戦観、⑥欧米・西洋観、⑦ユートピア観を比較検討する。検討の結果、仮説は概ね支持されたとしつつ、政治進出の要因となるのはナショナリズムの強弱や有無というより、ユートピア観を含めたその性質であると、仮説に部分的に修正を加えている。

このように本書全体が仮説―検証的なスタイルでまとめられていて、様々な事例が取り上げられているにもかかわらず、全体として分析の方法や枠組みが一貫していて、論文としての統一性、整合性が高く、論旨は明快であるという点も評価できる。

また、それぞれの団体や教団の政治参加についての論述も質は高い。二次資料や研究文献の渉猟はもちろん、著者自身による一次資料やデータの精力的な探査や収集を基に、適宜聞き取り調査、参与観察も加えるなど、豊富な情報量を踏まえて記述、分析がなされている。それぞれコンパクトにまとめられてはいるが、実証性に富み、論述の密度や信頼性は高い。そして浄霊医術普及会(世界浄霊会)、宗教法人・和豊帯の会(女性党)のケースについては、今回初めて研究対象として取り上げられ、明らかにされた事例である。

もちろん、大きなテーマを扱っているだけに、問題点や課題も指摘できる。

著者は、本書で宗教の政治参加について、もっぱら政党や国政選挙(議会制民主主義)とのかかわりに限定して論じている。戦後日本政治において政党政治の占める重みは確かに極めて大きいが、宗教の政治(的)活動の領域はかならずしもそこに限られていたわけではない(例えば市民運動のようなケース)。議論の拡散を抑える為に、研究対象を限定するといった配慮もあるとは思うが、政治活動をより広くとらえた場合、本書の議論はどのように位置づけられるのであろうか。宗教的な理念の表現として宗教の政治活動をとらえるという本書の視角からして、気になるところである。

その点ともかかわるが、本書は戦後日本の宗教団体の政治参加の動因としてナショナリズムをいささか強調しすぎているきらいがある(この点は結論部でやや修正されるが)。それは例えば、戦前の天皇制国家主義を想定して作られた安丸良夫氏の「O異端」、「H異端」概念を、戦後の宗教運動の政治参加の全体的な分析枠組みとして援用するところや、新宗連系などリベラル系の政治関与や宗教の国際平和運動へのかかわりなどについてほとんど触れられていないところに表われているように思われる。そのために、戦後の日本宗教の政治参加の全体的な展望を目指しながら、議論はややバランスを欠く結果となってはいないだろうか。

また、本書があらかじめ著者の立てた仮説の事例による検証というスタイルを取っているため、議論の統一性は顕著であるが、その仮説が「政治関与」と「政治進出」を分かつ要因の解明などやや狭く絞られている為に、取り上げられた個々の団体のケースに含まれる事例としての内容の豊富さが必ずしも全体の議論の中に掬い取られていないきらいがある。

このような問題点や課題はあるものの、本書は戦後日本における宗教団体の政治参加の動因や様態について、幅広く事例を取り上げ、実証的な資料解読の積み重ねに基づき、一定の分析枠組みを通して、包括的な展望を示した力作として、このテーマに関する今後の研究にとって一つの里程標となると思われる。以上のような観点から、本委員会は、本書を2015年度日本宗教学会賞にふさわしい業績であると判断する。

 

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