2013年度選考委員会報告(1)

審査対象 岡本亮輔氏(成蹊大学非常勤講師)著『聖地と祈りの宗教社会学──巡礼ツーリズムが生み出す共同性』(春風社、2012年5月刊)

 本書の目的は、その序論において、「後期近代という時代状況が宗教の社会的形態にもたらす影響力を考察し、それを把握可能な宗教社会学の理論的視野の構成を模索することにある」とされているが、その試みはおおむね成功していると言える。

 本書は二部構成であるが、第1部は理論編、第2部は実証編となっている。第1部の理論編では、世俗化論、私事化論を概観したうえで、とりわけその最近の展開を綿密に追い、それらの議論の持つ問題点を整理する。世俗化論は、80年代以降の世界情勢によって見事に否定されたとして今日顧みられることは少ないが、これをあらためて検討し、宗教史における長期的な宗教変動を展望した理論として再活性化させようという試みがなされる。

 私事化論には、既成の制度的宗教からの宗教離れが進み、個人の自己充足のための私的領域に宗教が囲い込まれるという否定的なイメージがある。しかし本書では、私事化論は本来、近代主義的な「強い個人」を前提とし、所与の信念体系の不可謬性を絶対視する強い信仰者こそが、私事化論を支える人間像であったと読み替えられる。ここから、そうした信念を持ちえなくなった後期近代に至って、「弱い信仰者」像へとシフトし、そうした人々の受け皿としての共同性のありかを模索し、その具体例を新たな巡礼世界に求めている。ここにひとつの長期的宗教変動理論が提示された点が高く評価できる。

 第2部では、その具体的事例として、パリの奇蹟のメダル教会、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ巡礼、フランスのテゼ共同体など現代西欧社会における聖地巡礼を取り上げ、フィールドワーク、参与観察、聞き取り調査などにより、その実態を明らかにしようとしている。そこでは、様々な人々が自由に聖地巡礼に参加し、それぞれ異なる聖性・真正性の追求や体験が生まれている姿が生き生きと描き出されている。

 また、観光化や商品化といった現象を、肯定的な意味で宗教システム(巡礼)の中に組み込んでいる点、宗教の商品化、宗教の観光化と一面的に捉えられがちなポスト世俗化の宗教的な動きを、同時に商品の宗教化、ツーリズムの宗教化とも見なす視点は新鮮である。そのうえで著者は世俗化を「従来の宗教的共同性の決壊」とし、ポスト世俗化を「私事化が全域化するがゆえに何らかの形での共同性が模索される宗教状況」と定義し、私事化の文脈依存モデルを提示している点は特筆に値する。

 とはいえ、本書に課題がないわけではない。本書は、現代の西欧社会で生起する現象をポスト世俗化という側面から鮮やかに描き出す反面、弱い信仰者が強い宗教を希求する世界の宗教的現状についての分析に弱さが見られる。また、ヨーロッパ世界の宗教運動の記述には成功しているが、筆者が提起するモデルはやや地域限定的にも見える。その一例として南米のペンテコステ派の興隆を見ると、それは制度的宗教の興隆であって、後期近代における世俗化からの逆行現象が必ずしも非制度的なものとは限らないことを示している。さらに具体的事例のひとつとして挙げられるテゼ共同体について、それまでの「巡礼」の事例と同じ視点から説明できるのかどうかが十分に議論されていない。これらの点について筆者がどのように本研究の枠組みを展開するかが、今後の課題といえよう。

 しかしながらこれらの批判的な指摘は、本書の高い完成度の上に成り立つものであり、研究としての価値を否定するものではまったくない。本書はポスト世俗化において生じた「宗教的かつ世俗的な領域」としての聖地巡礼を捉え直し、聖地巡礼の、「観光」や「ツーリズム」といった世俗的要素が交錯する社会文化的側面に焦点を当てることによって、従来の世俗化論、聖地巡礼論などに再考を迫る刺激的な研究であり、本委員会は、本書を2013年度日本宗教学会賞にふさわしい業績であると判断する。


 

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