2019年度学会賞選考委員会報告

審査対象 丸山空大氏(東京外国語大学講師)著『フランツ・ローゼンツヴァイク――生と啓示の哲学』(慶應義塾大学出版会 2018年10月刊)

本書は、宗教がもはや問題とされなくなった20世紀初頭に生きながら、宗教がなお人間の生に対して有意味であると考えたひとりのドイツのユダヤ人、フランツ・ローゼンツヴァイク(1886-1929)の思想の全体像を明らかにせんとした意欲作である。ローゼンツヴァイク研究は、これまでその代表作である『救済の星』を中心に、もっぱら彼の思索面のみを対象として行われてきた。それに対し、著者は、ローゼンツヴァイクの生と思想は不可分であるとして、その思想の全体像を43年間の生涯の諸活動および時代や社会のありかたを通して理解することを試みた。今世紀に入り、ローゼンツヴァイク研究は、新資料の相次ぐ公刊にも助けられ多様化しているが、本書はそのような新たな研究動向の世界的水準に応じたものである。

具体的には、本書はローゼンツヴァイクの思想を、その形成段階、『救済の星』までの前期、その後から晩年までの後期という三つの時期に区切り、変遷を丹念に跡づけている。そのために著者は資料としてローゼンツヴァイクの著書や論文だけでなく、日記、書簡、さらにはメモまで利用し、またローゼンツヴァイクを彼が参照したヘーゲル、ディルタイ、コーエン、ブーバー等とも比較することで、この一人の思想家の頭の中にあったものを厚みをもって読者に提示することに成功している。

本書について評価すべき点は多いが、まとめれば三点になる。第一に、精緻なテキスト読解に基づく論理的説得性と読者を引き込んでやまない叙述力の両立である。これによって著者は、ローゼンツヴァイクの思索が、それ自体の自己展開というよりは、彼の生身の自己探求や置かれた時代状況のなかでの「他者」との出会いと一体になって展開するさまを魅力的に描き出している。著者に導かれるまま、読者もまたローゼンツヴァイクの思惟の歩みをともにする喜びと興奮を味わうこととなる。このことは、著者が思想史の研究者であるに留まらず、自ら哲学する者としての卓抜な資質をもっていることを証左している。

第二に、そのような著者の力量がもっともよく現れる最終章を含む第三部は、新資料を用いてローゼンツヴァイクの後期思想を解明したという革新性により高く評価できる。「律法」と「啓示」を中心に記されたこの部は、『救済の星』以降の思索を綿密にたどることで、ローゼンツヴァイクが晩年にまで「罪」の問題から「啓示」の問題へといかに思索を深め、普遍的問題に個人的な生のなかからいかに応えようとしたのかを明らかにしている。

第三に、19世紀末から20世紀にかけてドイツに生まれ育ったユダヤ知識人の生の存在様態も緻密に描出している点は、本書を多様な読者層に対してより意義の高いものにしている。特に、ローゼンツヴァイク登場当時のドイツにおけるユダヤの布置のあり方の前史をモーゼス・メンデルスゾーンからたどることで、ローゼンツヴァイクの目の前にあった宗教離れの時代状況が興味深く描かれている。「ユダヤ的なるもの」をめぐる同時代のユダヤ人思想家、たとえばフロイトやデュルケームなどとの比較をはじめ、本書からの刺激によって発展する研究も多いことが予想される。

他方、評価が分かれる点は、著者の内在的理解の方法論である。著者は、いわばローゼンツヴァイクになって考え、解釈に走ることなく、ひたすら正確にテキストを理解することに努めている。この長所はそのまま短所でもあり、著者はローゼンツヴァイクとほぼ同一化しているので、対象として客観視できているとは言い難いという評価も成り立ちうる。確かにローゼンツヴァイクというユニークな思想家は参照するに値するが、それではその思想が現代の我々に持つ意味は何なのか。そこを明らかにするためには、多くの現代の思想家との比較を行う必要があるのではないかという疑問が出されうる。確かにこの問題については、本書は冒頭で、ローゼンツヴァイクを「哲学者として理解し、その思想の今日的、普遍的意義を直接問う方法は採らな」い、「というのも、この方法では、彼のユダヤ教教育への熱心な取り組みや、宗教的テキストの翻訳活動、また、伝統的生活への最接近を評価することができないからである」と宣言している。だが、ローゼンツヴァイクのそのような生と思想の諸側面を結び合わせることができる著者だからこそ、彼の現代的意義について従来説よりも深い考察を提示できるのではないかという期待も生まれるのである。

以上の点から、本書はローゼンツヴァイク研究の水準を幾段も押し上げ、宗教哲学・宗教思想研究の可能性を拡張する野心的な労作と言える。丸山氏が今後その研究成果をもって国際的な舞台で活躍していくことを願いつつ、本審査委員会は、本書を2019年度日本宗教学会賞にふさわしい業績であると判断する。



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