2016年度学会賞選考委員会報告

審査対象 永岡崇氏(日本学術振興会特別研究員)著『新宗教と総力戦――教祖以後を生きる』(名古屋大学出版会、2015年9月刊)

 

本書は、日本の代表的な新宗教の一つである天理教を取り上げ、その教祖である中山みき亡き後、いかにして信仰の存続が図られ、信仰共同体としての自己形成がなされていったのかを、多角的な資料の読みと解釈によって歴史的に跡付けようとした労作である。なかでも、明治期から戦時期にかけての当局の介入や国家主義の高まり、戦時総動員体制といった状況において、天理教の指導者や信者たちが、教祖や、直接教祖につながる人々の「遺産」をどのように読み替え、自らの信仰実践の地平を切り拓いていったのかについての論証は、「内在的理解」を踏まえつつ、実証主義・文献主義を手堅く押さえることで、当時の天理教における生きた信仰実践を現前化させることに成功している。

天理教に関する先行研究は数多いが、村上重良、安丸良夫、小澤浩、島薗進などによる宗教史的研究、幡鎌一弘、佐藤光俊、渡辺順一などの天理教学・金光教学の先行研究を批判的に吟味しつつ、近代日本における宗教と国家の関係、また宗教と戦争の関係をめぐる研究に貴重な一石を投じるものとなっている。とりわけ、「公」の国家神道と「私」の諸宗教との関係、また諸宗教の表向きの教義と信徒たちの内面的信仰を、ある種先験的に弁別する「二重構造」論として語る際の問題点と限界を鋭く指摘している点は高く評価できよう。

また、従来の研究で中心的に論じられてきた中山みきの思想と並んで、その後継者たちである飯降伊蔵や中山正善や「ひのきしん」の思想と実践を詳細に論じ、天理教内の教義学的な探究と国家主義や帝国主義という公権力の接続点や相互作用の複雑なあり様を、緻密な史資料分析から丹念に読みほぐしていく筆者の力量は、称賛に値する。

事実をどう位置づけるかといった肝心なところでも、二元対立的かつ世俗的な解釈の浅薄さを離れ、宗教の内実にその根源を置こうとし続ける、宗教学的な眼差しがしっかりと感じられる。とくに本書のほぼ3分の2を費やした総力戦時の叙述では、近代宗教史と総力戦体制論の接続を積極的に試み、戦争協力の有無ないし是非といった従来の研究文脈から、さらに信仰の自覚や教義の形成の次元へと深められ、そのことで戦前/戦後の断絶を相対化し、総力戦という歴史的出来事を宗教史の問題として論じるためのきわめて重要な視覚を切り開いている。

さらに、宗教学において研究者が研究対象といかに関わるべきかについて本書が行っている問題提起も重要である。特に、戦争や植民地主義を取り上げる際に、信仰当事者以外の当事者へも議論を開く必要性があるとの指摘は、示唆に富んだものであるといえよう。

このように本書は、天理教を題材に、それが一つの「教団」という社会的実体として、近代日本社会のなかで認知され、成長し、また変貌していく過程を、とりわけ「ひのきしん隊」という運動に焦点を合わせて記述し、分析しているが、その際、教団のいわゆる幹部をなしていく人々と、それとは区別される多くの信徒たちとを、相互に関わらせつつ複眼的ないし多層的に捉え描き出すことで、論述の対象を近代日本社会という大きなコンテクストの中に置き入れて捉え、また評価することが可能になっている。総力戦期にいかに信仰者自身の側が内発的に自らを取り巻く社会状況を信仰的な次元で受け止めていったかという理路を整然とたどるこのような手法は、同時代における他の新宗教(さらに日本宗教一般)の研究にも寄与しうる視座を提供している。

もちろん問題を感じさせる部分がないわけではない。たとえば、分析、評価の方向が、やや(予め・自覚的に)定まっていて、信者・当事者の「宗教」特有の思考に踏み込もうとする意図があまり感じられない印象を与える箇所もある。また、先行研究の中でも、「民衆宗教」(あるいは「救済宗教」)とはどうあるべきかという規範性を内在しているような論理に対しては、ほとんど無批判的に受容しているようにも見える。さらに、利用した史料が信仰を取り上げる際に有効であるかどうかの批判もありえよう。

しかしながら、これらの点は、先行研究で前提とされてきた戦前を捉える視座――近代日本の国家主義的体制と一般民衆次元との対抗的な枠組み――を批判的に検討し、戦前と戦後、総力戦体制期とそれ以前の時期等を断絶としてではなく、その内部に緊張や葛藤を孕みつつも、天理教団を一つの連続体として捉え、教団を取り巻く日本社会の状況と密接に関わり合う動態的関係をきわめて説得力のある叙述で提示しえている本書の価値を大きく損なうものではない。

以上のような観点から、本委員会は、本書を2016年度日本宗教学会賞にふさわしい業績であると判断する。



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