2011年度選考委員会報告

審査対象 伊達聖伸氏(上智大学准教授)著『ライシテ、道徳、宗教学――もうひとつの19世紀フランス宗教史』(勁草書房、2010年11月刊)

 本書は、「ライシテの道徳」と「宗教学」の形成過程を同時に解明することで、フランス19世紀の精神世界を一つの宗教史として見事に描き出している。
 本書の課題と目的は、「宗教」概念の歴史的形成を明らかにし、ライシテの道徳における「宗教性」の「生成」過程とその理解のための「枠組み」を提示することにある。この野心的な試みは、四部十章(本文536頁、索引等50頁)からなる大著の中で、第Ⅰ部「胚胎期のライシテの道徳と宗教の科学的研究――二重の脱宗教化」からはじまり、第Ⅳ部に至るまで、全編で貫徹されている。とりわけ、第Ⅳ部では、そのタイトル「道徳と宗教の新たな合流点――「宗教のあとの宗教性」」が示すとおり、デュルケムの「社会学的な宗教性」とベルクソンにおける「心理学的・存在論的な宗教性」との比較において、第三共和政の「ライシテの道徳」との連関性が論じられ、この「ライシテ体制」による「ライシテの道徳」が「従来の宗教概念」とは異なった「宗教性」を現出させたと結論づけていることは、本書の課題と目的の一貫性を象徴するものとして高く評価される。
 本書のすぐれた点は、第一に、ライシテの進展のそれぞれの段階における重要な思想家や研究者の言説を本主題との連関で解明し、その思想的位置を明確にしたことにある。コント、ルナン、フェリー、デュルケム、ベルクソンなど多くの思想家が取り上げられているが、そのテキスト読解は正確であり、かつ透徹した理解を示している。たとえば、道徳を土台にした政教関係のモデルをコントの思想から摘出したことは、それ自体が当該の研究領域における優れた貢献といえる。また、ベルクソンの『意識に直接与えられたものについての試論』における「持続」の概念に見られる宗教性を指摘したことは、それを一個のベルクソン論として見ても、きわめて卓越した解釈といえよう。
 第二に、宗教学をはじめとして諸学を、既成の枠組みではなく、19世紀の時代思潮の中で意義づけたことが評価できる。このことには、大きく二つの方向での学的貢献がある。一方で、ライシテの諸価値を宗教性の観点から分析し、諸思想や教育制度のあり方を「宗教」概念との関わりから解明したことで、フランスのライシテに関わる、法学・政治学・教育学・歴史学・文学・思想史・哲学等さまざまな学問分野に大きな刺激を与えるものと期待される。他方で、19世紀フランス人文学の中での宗教学的なるものの生成を巧みに描写したことにより、「宗教」の科学的研究が暗黙の内に前提していたものを露わにした。すなわち、「宗教学」の成立それ自体が、そもそもキリスト教の重力圏から抜け出すことをその大きな目的とし、また新たな地平を切り開いていく際の原動力としていながら、当の宗教学の内にキリスト教の執拗低音が聞き取れる所以を示している。
第三に、本書は19世紀フランスにおけるライシテの分析を通して、近代における宗教と宗教性のあり方についての視座を提供している。この視座は、さまざまな地域や時代の宗教性の分析に役立つと考えられる。著者は、理論と実践の両面に関して、バランスの良い目配りをもって19世紀フランスの精神世界を論述しているが、その論述の端々に、著者の現代的関心が窺われる。本書の視座は、たとえば、戦前の日本の国民道徳や戦後日本の道徳の授業における「畏敬の念」の分析などにも示唆するところが大きい。
 とはいえ、本書に課題がないわけではない。本書が扱っている領域が幅広く、多くの問題を論じているだけに、さらに探究すべきことも少なくない。本書のあとがきで著者が触れているように、重要な思想家で論じられていない人も多い。第Ⅳ部で論じたデュルケムやベルクソンの思想を踏まえた上で、1914年以降の教育のライシテの行く末も論じて欲しい。また、本書「結論」で指摘された「宗教」と「宗教性」の問題についてさらなる貢献が期待される。
 しかしながら、これらはいずれも本書の成果を待って初めて生ずる課題であって、それはまさに隴を得て蜀を望むようなものであろう。本書は、19世紀フランスのライシテについてまとまった像を提供し、今後、多くの領域の研究を推進する内容を提示しており、本委員会は、本書を2011年度日本宗教学会賞にふさわしい業績であると判断する。



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