2007年度選考委員会報告(2)

2007年度選考委員会報告
審査対象 ランジャナ・ムコパディヤーヤ(名古屋市立大学准教授)著『日本の社会参加仏教――法音寺と立正佼成会の社会活動と社会倫理』(東信堂、2005年5月刊)

 仏教はキリスト教に比べて社会参加の要素が希薄であると思われていたが、近年、タイや欧米の仏教徒や仏教学者の間で、仏教の社会活動、環境問題、政治活動などが注目され、Engaged Buddhism(Socially Engaged Buddhism)という用語を用いた実践や研究が、活発になってきた。本書は、この状況を受けて、「社会参加仏教」という訳語を自ら提案し、従来看過されていた、日本仏教の社会参加という主題を設定し、設問に適合的な対象を選択して、入念な事例研究を行ない、他方また、この新たなタームを軸に、理論面でも意欲的な取り組みをみせた好著である。 この用語が我が国で広く知られていない状況からして、当然ながら、本書のテーマ設定と調査・研究は斬新である。従来の仏教研究が、思想研究、歴史研究に重点があったのに対して、法音寺と立正佼成会という、現代の二つの日蓮系教団を対象に、宗教以外の領域での社会活動を、医療、福祉、ボランティア、平和運動など、個別の分野に即して、具体的、実証的に明らかにしている。地方支部レベルの活動の調査、とくに個人信者レベルのインタビューやアンケート調査から得られたオリジナルの詳細な資料は、仏教研究の視野の拡大に貢献するばかりでなく、国内外の他の宗教や教団の社会参加との比較研究に耐えられる、高度の質・量をもっている。 理論的には、世俗化論以後の、ベラーやカサノヴァらの宗教の脱私事化、再公共化の議論を整理したうえで、その論争状況の中で自らの研究を位置づけ、一定の理論的貢献を行なっている。ベラーの市民宗教論やカサノヴァらの公共宗教論が、社会全体を一つの宗教的理念によって統合するものとして考えられているのに対して、社会参加宗教は多元的公共圏の構築に寄与するものとして、区別される。社会参加仏教、一般化して社会活動をする宗教の活動は、「国家、社会、大衆、国際」という四つの次元やパターンをもつという分析視点、社会参加は個人の信仰が公的に作用しているという指摘、また市民意識が未成熟な社会における宗教者・宗教団体の活動は市民社会論では捉えきれないという指摘など、いずれも、さまざまな分野で活発な論争がつづく公的領域論に関連しており、挑戦的である。研究の要約や研究史の概説に近い部分もあるが、理論的考察は、内外の宗教研究が交差する、宗教と社会の関わりという大きなテーマを見据えつつ展開されており、今後の発展性を蔵している。 このような評価すべき点の一方、本書には問題点もないわけではない。 まず、理論面での中心的な枠組みとして、社会参加に「国家、社会、大衆、国際」の四つの次元/パターンが設定されているが、多少の概念的混乱が見られ、有効性に疑問が残る。また、本書で選択された教団を「日本仏教」の事例とする根拠について、必ずしも自覚的に反省されていない。当該教団は、仏教であるという自己理解の一方で、新宗教としての特徴も含んでいるからである。とくに、社会参加仏教は多元的公共圏の構築に貢献すると主張するに際しては、ヨーロッパ的文脈で生まれた公共圏論についての議論を、より深く踏まえた上で、日本的文脈に即して再検討する必要があるだろう。 細かい点に立ち入れば、社会参加仏教がただの社会活動ではなく、宗教的な教えの社会的な実践であるという動機について、教義に即した当事者の自己理解だけでなく、自己維持のための戦略といった側面も、さらに考慮する必要がある。社会参加仏教のどこが近代特有の現象なのかという問題も、考察の余地がある。また著者のいう「国家化」の次元では宗教の政治参加が問題となり、じっさい同じく日蓮系の創価学会はその代表例であるが、そうした関心に応える記述が充分ではない。 しかしながらこうした問題点も、本書の価値を大きく損なうものではない。それらはむしろ、斬新な視点からの研究が一段落した時点で、さらに新たな視野が開け、今後の諸課題が明らかになったものに他ならず、著者自身これらを今後の研究課題として明確に自覚しているからである。 著者は非漢字圏のインド出身の研究者であるが、短期間で日本語に習熟し、当該教団の実態を分析・考察した努力と能力は、称賛に値する。また準備されている本書の英語版が広く世界的に読まれ、共通の関心に応えることで、日本の宗教研究の国際化に貢献することも期待される。本書の事例研究を出発点に、今後著者が、比較の範囲を世界規模の社会参加宗教へと広げることも、当然期待される。 これらの達成度と今後の発展性を綜合して、本委員会は本書を、2007年度日本宗教学会賞にふさわしい業績と判断する。



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