2007年度選考委員会報告(1)

2007年度学会賞選考委員会報告
審査対象 冲永宜司氏(帝京大学教授)著『心の形而上学──ジェイムズ哲学とその可能性』(創文社、2007年2月刊)

 本書は、アメリカ合衆国の哲学者、ウィリアム・ジェイムズの思想を、現代の心の哲学および宗教哲学の文脈において解釈し、またジェイムズを通じて、一連の哲学上の根本問題に迫ろうとする研究である。ジェイムズは、すでに没後一世紀を経ながらも、今日なお最先端の哲学・思想との関連で活発な再解釈がなされている存在である。ところが『宗教経験の諸相』などが日本の宗教思想史に並々ならぬ影響を与えたのに対して、日本においてはまとまったジェイムズ研究は決して多くない。その点でも、浩瀚な本書は重要な意味をもっている。  本書の成果として、まずジェイムズ研究について言えば、第一に、ジェイムズの経験論を、ジェイムズの同時代の心の哲学の議論の文脈において検討し、ジェイムズ固有の意識の「流れ」説がそれらの諸説の難点を克服するものとして生成する過程を入念に再構成している点が、評価される。さらに第二に、ジェイムズの所説を心の哲学として再解釈しつつ、現代の最先端の心の哲学をめぐる活発な論争状況とつきあわせ、ジェイムズの純粋経験論を自然主義的な存在論を超える実在と心性の理解モデルとして再把握するとともに、生の直接的充実を開示する思想として再評価した点に、大きな成果が見られる。  本書の更なる成果は、宗教哲学に関わるものである。ジェイムズの示唆する純粋経験は、主客の分離を可能とする論理空間の「手前」にある実在という性質を帯びていた。著者は、この純粋経験論とジェイムズの宗教経験論とを理論的に結びつけるとともに、宗教経験のひとつの究極的ありかたと見なされるこの純粋経験の直中に立つ生の可能性と条件を、論理的考察によって能う限り明らかにしている。加えて著者は、ジェイムズが示唆する宗教経験の諸例、ことにトルストイのそれを取り上げ、上記の哲学的省察が宗教的生とどのようなかたちで相即するかを詳細に検討する。とりわけ、純粋経験に到る生がいかにニヒリズムの克服と結びつくかを、著者は執拗に論じる。そのうえで、著者は最後に純粋経験を、これと同様に主題化不可能な根源的実在と目される空をめぐるインド思想の展開とむすびつけ、自我と概念枠を超脱して直接的かつ無分節な生に降り立つことの可能性と意味を詳述してゆく。このように、心の哲学に属する問題群を経て、またそれらに繰り返し立ち戻りながら、究極的実在と究極的生のあり方をめぐる思考可能性と思考不可能性へと進められる著者の思索は、一貫性ある大きな思想の流れとなっており、十分な説得力をもつと思われる。その叙述は明晰なものであり、一著作としての統一性と完成度は高いと言える。  もちろん本書にも、種々の問題点があることは確かである。  まず、明晰さを求めるあまり、繰り返しが目立つ部分が少なくない。また「純粋経験」論と仏教の「空」思想の関係づけについては、より以上の議論のひろがりが欲しい。さらに、そもそも主題化そのものが原理的に不可能なものとされる経験領域を扱う本書の叙述そのものについての、反省的な解明が十分ではない。加えて、本書は「宗教経験」や「空の経験」などを本質主義的に前提とする語法をとっており、こうした概念の歴史性やイデオロギー的性格に関する近年の討議には一切ふれていない。もとより取り組んだ問題そのものが、アポリアにとどまらざるをえない問題であるため、本書には、積極的な最終的結論はない。しかし著者は、ジェイムズと同様に、開かれた真理理解にたち、本書を通じて、心の形而上学をめぐる討議へと我々を誘っているのだと理解することができる。  以上のような問題点があるとはいえ、思考可能性の臨界点に属する問題に果敢に取り組んだ著者の意気込みと努力は、十分に評価されていい。また本論は、近年盛んな議論の対象となっているスピリチュアリティや内在的宗教性に関わる哲学的基礎論との性格ももっており、この点でも注目に値する。  以上の理由から、本委員会は本書を、2007年度日本宗教学会賞を受賞するにふさわしい業績であると判断する。



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